テトリスタイプはここまできた
滝本飛沫氏の『パニッカーST』(以下 パニッカー)は、ポケコンジャーナル 1995年3月号のゲームデザイン館の「ビーカーの中の生物にエサを与えて飼育する落ちゲー」という、PB-100 の鬼門であった落ちものにさらに飼育要素を加えるというウルトラCに果敢に挑んだ力作です.
また同時に PB-100 で落ちものゲームを実現する上での問題について重要な指摘をした画期的作品といえます.
ということで、これまでとちょっとテンションの違うPB批評ですがよろしくお付き合いください.
そもそも『クォーリー 』『N-BEAT』に感想を寄せるべく準備を始めたのですが、飛沫氏よりいただいたお返事を元に過去の書籍をひっくり返すと、この4作の流れとパニッカーの記事を紹介することで、PB-100用テトリスタイプの現状についてほとんどのことを語れるのでは、と考えたのでした.
クォーリー → N-BEAT → カメレオンの憂鬱 → パニッカーST. という流れですね.
パニッカー以前のテトリスタイプ
まずはパニッカー以前に発表された、テトリスタイプの作品を見ていきます.現在私が確認できているテトリスタイプの作品は、以下の4つになります.
テリトス-PB
7 6 7 5 6 2 2
- 作者
- メガロードK
- 発表
- マイコンBASICマガジン 1989年5月号
落ちものタイプのさきがけとなった作品.一度に落ちてくるブロックは1~3個、最大で3個のブロックが同時に消える.
Einschalt'
3 4 4 5 6 1 2 1
- 作者
- 井上 宏之
- 発表
- マイコンBASICマガジン 1990年10月号
複雑なルールを採用したことで、連鎖で最大8個のブロックを消すことができる.
H & S
5 7 0 3 9 2
- 作者
- IZE☆CARIどん
- 発表
- ポケコンジャーナル 1995年1月号
簡潔なルールながら、画面すべてを消す連鎖も可能となっている.
TETRES
8 : 0 7 6 7 2 : 4
- 作者
- たかじょゆうき。
- 発表
- ポケコンジャーナル 1995年1月号
往年の関数電卓ゲーム方式で2次元の情報を1行の画面に詰め込んでいる.そのため、ゲーム性は他の作品と大きく異なる.リストは公開されずアイデアのみであった.
ブロックキャラに数字を採用
まず注目すべきは、パニッカー以前のゲームはそのどれもがブロックキャラに数字を採用している点です.
その理由については、 テトリスには7種類のブロックが登場し、回転させることでそれらは計23パターンに変化しますが、PB-100 のキャラクタでそのような変化が表現できるものは限られること. が大きなものでしょうか.また、 消滅のルールを数字ブロックの計算で行うこと. もポイントと言えそうです.
しかし一方で、数字をブロックキャラに使うこと・計算を消滅のルールに絡ませることが、局面のスムーズな掌握を妨げ、プレイヤーにとってストレスとなってしまうことが危惧されます.
飛沫氏はパニッカーの記事中で、
―PBで「N-BEAT」という数字のパズル・シューティングを作っていたので,作り方としては分かっていたのですが, 分かりやすいキャラクタと,ある程度考えさせるゲーム内容にしなければならない点に苦慮しました.
と書き、続く「Si 君の困惑」と題したコラムでパニッカーのゲームデザインの試行錯誤の過程を紹介しています.
滝本作品を時間軸を圧縮して眺めることのできる今となっては、“分かりやすいキャラクタにしなければならない”というのは、 『クォーリー』『N-BEAT』での数字キャラクタの採用のことをいっているのでは、と推測できます.
パニッカー前夜のアクションパズル作品群
まずは先に出た滝本飛沫氏のによるパニッカー以前のアクションパズル作品をご覧ください.
クォーリー 1990年10月制作
7 6 5 8 7 2
アクションパズルを模索した第一作.列をなして侵攻してくる数字の先頭にしか作用させられないため、ゲーム性は限定的だ.
N-BEAT 1991年11月制作
1 → → → → 4 5 6 7
前作とほとんど同じ画面構成ながら、僅かなルール変更で高度な連鎖を可能にした.数字相手のとっさの判断はストレスになることも.
カメレオンの憂鬱 マイコンBASICマガジン'92年7月号掲載
@ < - - - - - ' ・
雰囲気はガラッと変わりパズル要素はないが、少し遊んでみればクォーリー・N-BEATからの流れのものだとわかる.キャラクタに具体性がでて視認性が良くなる.羽虫やハチの動きが楽しい.
滝本飛沫作品といえば、まずは一連のファンタジー RPG 作品群が思い浮かびますが、以上からは折に触れアクションパズルにアプローチする別の一面が浮かび上がります.
Si 君の探求
パニッカーはポケコンジャーナル95年3月号に3ページにわたって掲載されています.このうちの半分以上のスペースが、この『Si 君の困惑』と題されたコラムに当てられています.
これは異例といえる形態ですが、インターネットの恩恵でそれ以前の数年を見渡すことのできる私たちには、長い試行錯誤とその末の手ごたえに由来するものだと分かります.
さて、Si 君の困惑において、Si君はようやくまとまりかけた最初のアイデアを見事に白紙に戻しています.
上から落ちてくるキャラクタが1つであることと,キャラクタをただ単に上下に振り分けるだけという点から,いわゆる「落ちもの」とはゲーム性が異なります.
このくだりからは、『N-BEAT』が僅かなルール変更で一挙に高度なパズル性を獲得したものの、続く『カメレオンの憂鬱』では局面の変化に乏しく、 ゲーム性はむしろ『N-BEAT』から後退してしまったことが思い起こされます.
「Si 君の困惑」はパニッカーのアイデアに取り組んだ数時間のできごととして描かれていますが、アクションパズルタイプを志向した飛沫氏の1990年からの試行錯誤の姿とも重なるのです.
そしていよいよ、Si 君は矢印キャラをブロックとして採用することに思い当たります.
「そうか,矢印なら何の違和感もなく変化させられるな」 「落ちてくるキャラクタは2つ,そして2つ以上の同じキャラがそろった場合にそのキャラクタを消そう」
“2つの矢印”は違和感なく変化しつつも、ブロックの系統(パニッカーの場合は矢印の角度の差)を維持していて、まさに落ちものにはうってつけです!
矢印ブロックのアイデアがブレイクスルーとなり飛沫氏は PB-100 用落ちものに新たな局面を切り開きました.
それはさらに、重要な認識をもたらします.
(落ちてくるブロックを回転させ、向きがそろったら消えるというルールでは、)キャラクタを自由に変化させることができるため,うまく操作した場合,最低2つの矢印を消すことができます.つまり,いつまでも続けられるということです.
言い換えれば、
常に2つのブロックが登場する場合、その都度最低2つのブロックを消すことができないと、ブロックの出現順によっては、理不尽にゲームオーバーになってしまう.
ということがポイントと思われます.プレイヤーは基本的にブロックの回転しか操作できないため、この点をどう考えるか、はゲームデザインの重要な分岐点にもなるように思います.
PB-100 用落ちもの、今後の課題
長い試行錯誤の果てに、ついに世に出ることとなった『パニッカーST』.
では、最後にパニッカーとそれに続いた作品をみていきましょう.そして、パニッカーの先に見える PB-100 用アクションパズルの新たな課題とは?
パニッカーST
♦ ♦ < ↑ ↓ ← → ↑ ← ←
- 作者
- 滝本 飛沫
- 発表
- ポケコンジャーナル 1995年3月号
矢印ブロックは目から鱗.純粋な落ちものとしてみると“生物の成長を調整しつつすすめる”システムが仇となっている面も否めないが、作品の示唆するところは極めて大きい.
ぽあぽあ
8 o 8 ° o o 8 o ° °
- 作者
- 小山田 正人
- 発表
- ポケコンジャーナル 1996年4月号
画面すべてを消す連鎖.ぷよぷよを思わせるポコポコと消える様は快感.常に消せるわけでなく出現順によっては理不尽にゲームオーバーしてしまう.
2023年4月14日に門真なむ氏、PBロッキーによる「ぽあぽあ 544ステップ版」の2種類の実装が公開されました.(2023/05/03)
Mr.T
← ↑ ↓ ♦ ↓ → ← ← [ ↑ ♦
- 作者
- PBロッキー
- 発表
- ポケット通信(1998年1月)
画面すべてを消す連鎖.お邪魔ブロックを実装!?.NEXT 表示は戦略性をあげつつ、ゲーム画面を圧迫.作者は不本意なゲームオーバーシステムに夜な夜なうなされているとか.
グラフィカルな画面となったパニッカー以降
その後ポケコンジャーナル誌に発表された PB-100 用落ちものゲームは小山田 正人氏の『ぽあぽあ』(ポケコンジャーナル 1996年4月号)のみとなりますが、グラフィカルな画面構成はパニッカーからの流れのもとにあるといえそうです.
また、パニッカーを下敷きにした拙作『Mr.T』では、”最低2つの矢印を消すことができ、いつまでも続けられる”ことの恩恵で、ゲームを成立させることがかないました.
しかしこのことは一方で、
“熟練したプレイヤーの判断と操作 >>> PB-100 の処理速度”のために、画面を埋め尽くすブロックを一挙に消すようなリスクを避け、安い手を狙い続けることで半永久的にプレイを続けることができ、ハイスコアがあまり意味を成さなくなる.
という問題に直面しています.(『Mr.T』では高度な連鎖を出し続けなければ、しまいにはキー入力を受け付けなくする、という不本意な策を弄しております.)
どんな状況でもプレイヤーに挽回の可能性を残しておくが、その可能性は状況の悪化にしたがって限りなくゼロに近づいていく.
ということを、多くのゲーム機ではウェイトを減らしていくことで容易に実現できますが PB-100 ではなかなかそうもいきません.
IZE☆CARIどん氏が『H & S』の解説で数字キャラクタの有効性を指摘されているのが、なんども頭をよぎるところであります.
―「数字を使って計算をさせる」と,「実際のゲームの処理速度は遅くても体感速度は速くなる」という利点があります.
全ての可能性の内のいくらか
ともかくもこのあたりが PB-100 用落ちものの到達点であります.
今後登場する PB-100 用落ちものゲームがその問題をスマートに解決していたら、そしてその他のゲームジャンルでも同様にして高度なゲーム性に至った作品が現れたとしたら、、、
そのとき私たちはようやく、齢20年を経た PB-100 シリーズにおけるゲーム表現の可能性のいくらかを知りえた、といえるのではないでしょうか.
付記
いやはや、なんとも
ということで PB-100 用ゲームのジャンル別研究 第一回目をお送りしました.ここまで私の妄想にお付き合いいただきありがとうございました.
ところで拙作にて、
1ターンの間に必ず1組は消すことができるというのが、PBの狭い画面で落ちゲーを可能にするミソでしょう!
などと、まるで自分の発見のように書いてしまってますが、、、本稿執筆にあたってパニッカーを開いてみますと、しっかり飛沫氏が指摘されてるじゃありませんか、、、といった次第です.
パニッカーの記事は『Mr.T』の開発時に穴の開くまで読み込んだはずなのですが、認識がそこまで至っていなかったために読み飛ばしてしまった、ということなのでしょう…いやはや.